キス−キス TOPへいたいたしいほど華奢な首すじと細腕をもつ少女は、ほんとに瀕死の白鳥に見えた。ようやく復活したこの白鳥は、どれほどの羽を散らし、いくつの波荒い河を渡り、いまもどれほど必死で水面下で水を掻いてるんだろう・・?
愛しのバイウルちゃん
〜オクサナ・バイウル〜

かつて、オクサナ・バイウル、という金メダリストがいた。
・・そんな言いかたしてもいいほどに、彼女は遠いむかしの記憶のなかにいた。
あのケリガン&ハーディング事件の五輪だから、長野五輪のいっこ前、’94年リレハンメルか。男子シングルは、ヤグの兄弟子ルーシャこと、ウルマノフが優勝。そう思うと、ますますむかしの気がしてくるわね・・。

正直なとこ、例のケリガン&ハーディング事件の、五輪前に男友達に殴らせたのなんの、って醜聞のすきまをぬって優勝した、って印象だった。古くからのフィギュア・ファンの先輩が「あの事件で女子フィギュアの品位が下がった!」って怒ってたっけな。

バイウルちゃんは、細くて、小ちゃくて、質素で、気が強そうなくせに、とても清楚だった。
金メダルをとった瞬間の、どっかこわれたような大泣き。
父は行方不明、母は彼女が13歳のときガンで他界、親代わりの祖母まで亡くし、おなじウクライナの先輩ペトレンコの援助で、靴と衣装をそろえ、友人のカンパで旅費を調達。どうりで、ほかの選手なら透ける素材の、オーガンジーか、チュール・レースでもあしらうはずの胸元が、キナ粉みたいな肌色の、ふつうの薄布を使った衣装だったっけな。
本番前日の練習中ほかの選手とぶつかり、足を3針縫っての金メダル演技・・というのは、翌日の新聞で読んだ。
「いちばん好きなものはショコラ」・・読んでるうちに、世界じゅうのショコラ、かきあつめて贈ってやりたくなったっけ。
(※どんなに僅差の、きわどい優勝だったか、そしてバイウルちゃんのどんな点が評価されたかは、五十嵐文男さんの本『華麗なるフィギュアスケート〜リレハンメルのスワン』にくわしい)
小柄で細身な点といい、勝気そうな顔だちといい、バイウルちゃんてちょっと見、タラ=リピンスキーに似てません? 演技のふんいきは、ぜんぜんちがうけど。

あれっきり見かけないな〜と思ってたら、その後の動向を『ワールドフィギュア−1』で読んで、まあびっくり。
16歳、母親代りのコーチとともに渡米、プロ転向はいいとして。
19歳、未成年なのに飲酒運転。20歳、アルコール依存症で療養所入り、そこでも素行が悪くて有名だったと・・。
ドラマチックな星のもとに生まれた人ってのは、とことん浮き沈みのはげしい人生を送るもんなんですなあ。
いやでも、おなじくロシアから渡米した“元・問題児”の、ヤグディンを連想してしまう。
まあ、かれの場合、実のマーマも、第2のマーマであるタラママも元気だから、彼女よりはまだ救われてるか・・☆

先日ケーブルで、なんとなく「WORLD ICE WAR」ってアイスショーを見た。
「刑事コロンボ」のウラ番組だったから、前半しか見られなかったけど。再放送してくれ〜!
ちなみに、これは〈チーム・アメリカ〉対〈チーム・ワールド〉、アメリカvs.その他の国の連合軍で競う。湾岸戦争の余燼くすぶるこの時期に、ずいぶん大胆な企画&刺激的なタイトルだこと。まあいいけど。

この大会で、じつに10年ぶりに、バイウルちゃんの滑りを見た。
滑ることじたい2年ぶり、って言ってたし、演技の終りごろはバテて脚があがんなくなってたけど、いたいたしいほどていねいで、しなやかな腕の演技は、健在だった。「とにかく、いまは滑れるのがうれしい。私にはやっぱりスケートしかなかったんだ」って言ってたすがすがしい笑顔が、印象に残った。

この大会でひさびさに、ベレズナヤ&シハルリゼも見た。
ベレズナヤはポニーテールでひっつめ髪のせいか、大人っぽく見えたけど、相変わらず野花のように小ちゃくて、可憐。2本ずつ滑ったらしいが、このペア、前半の演技はノーミス文句なしパーフェクト、ジャッジが満点まで出した。
そのキス&クライ、ベレズナヤのとなりにすわったバイウルちゃんたら、得点見た瞬間、ベレズナヤの手ぇ握りしめて「やったじゃん! やったじゃん!」って感じで上下にぶんぶん振りまくり、ベレズナヤ本人より喜んでた(笑)。
膝に乗っけたクマちゃんのぬいぐるみが、ぴょんぴょん飛びはねて、床に落っこちそうなほど・・。
あれ見て、この子って、けっして悪い子じゃないんだ、と思ったなあ。

そのあと、ボイタノとストイコの出てたクリスマスのアイス・ショーでも、彼女を見かけた。
サンタさんの扮装で、真赤なフレアのミニ・スカート、白い袋しょって出てきた。
ふっきれたように陽気でコミカル、それでいて、見てると胸がいっぱいになるような、想いのこもった滑り。
技巧がどうとか、表現力がこうとか、っていう評価とはぜんぜん別次元で、いまの彼女は滑ってる気がする。
おかげでいま、バイウルちゃん、いわゆるマイ・ブーム。
泣けるよぉ・・いまの彼女の演技は。
(了)


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