キス−キス TOPへむかし、お城で生れ育った、伯爵の息子がおりました。空を愛し、戦争を憎む彼は、米国に逃れ、星にすむ王子さまを夢見ました。かれが空に消えて60年後、あるスケーターが、それをテーマにしたプログラムを滑りました・・。
いきなりスタニック・ジャネット学
その2.『星の王子さま』のヘビの役割とは?

スタニック・ジャネットの、あの感動的なFPのおかげで、数十年ぶりに『星の王子さま』を読みかえす気になった。
今回、読みかえしてみて、びっくりした。
なぜって・・あまりにも判りやすい記号でいっぱいだったので・・。

だって「砂漠」に「頭上の星」が輝くとき、地上にやってくる、王子さまでしょ。
さいごは天に「帰ってゆく」んでしょ。
聖母マリアを象徴する花である「バラ」(「純潔・神秘の薔薇」)でしょ。
そして「ヒツジ」・・神の仔ヒツジ、迷える仔ヒツジ。
これだけそろえば、いやでもキリストを連想せずにいられまい。西洋なら、幼児でもピンとくるんじゃないかな。
もっともっと、なぞにみちた童話と思ってたのに。この判りやすさは、どうしたこと?

ここで、思い出す。
『星の王子さま』が書かれた時期は、第二次大戦中、フランス全土がナチスに占領されたころ。
書いた人は、アメリカに逃れた飛行機乗り、兼、作家の、サン・テグジュペリ。
かれがこの本をささげた相手は、まだ本国で逃げまわりながら抵抗運動をつづけてたユダヤ人の友人だった、と。
(まえがきに出てくる「レオン・フェルト」っていうのが、その人なんだけど)

当時、あまり過激なメッセージを盛りこんだ本にすると、ナチスの目にふれれば、焼きすてられてしまう危険があった。子ども向けの本なら、検閲もそれほどきびしくないだろう。焼かれなければ、友人の目にふれるチャンスもあるかも・・そんな思いから書かれた童話だった、と。
そう思えば「キリスト教を子どもにも判りやすくおしえる本」と読めなくもないのは、意図したシカケだったことになる。ほほう、きよらかな子どもに出逢い、ヒツジの絵を描いてやったり、砂漠でいっしょに井戸をさがす話か。ならば、よろしい・・基礎知識があればあるほど、固定したイメージで読んでしまいやすい。それこそ、作者の思うつぼだろう。

だから『星の王子さま』は、意味ありげな数字や、思わずツッコミたくなる、思わせぶりな描写に満ちてる。
たとえば「早めに芽をつまないと、星ひとつをほろぼすほど成長してしまう、3本のバオバブ」なんてのは、モロにそう。私の読んだ研究書には、
「この3という数字にだけは意味があるはず。すなわち『ドイツ−ナチズム』『イタリア−全体主義』『日本−帝国主義』のこと」なんて書いてあった。
たしかに、そんなふうにも読めるだろう。じつは反戦メッセージをウラにひそめた童話、っていうふうにもね。でも、それがぜったい正しい、なんて言ってしまうと、ぎゃくに底の浅いものになるような気もするんだな〜。
この本でいう「おとな」ってのは、つまり「きまりきったモノの見方しかできない、しかもそれを疑いもしない人」のことであるのにも気づく。ファシズムとか、全体主義って、けっきょくそういうことだもんね。

つまり。
『まあ、きみたち各々が、好きなように読んで、好きなように解釈してみなさい』・・たぶんそれが、唯一の答だろう。
星を見て、どこかの星で王子さまが笑ってると思えば、すべての星が笑う。
いや、どこかの星でヒツジがバラを喰べてしまった、と思えば、泣いて見える。
あの物語の結びは、つまり、そういうことでしょう。

そんなわけで、私なりの解釈をしてみることにする。・・「ヘビ」ってのは、何の象徴だ?
ん〜、よりによってS・ジャネットは、いちばんむずかしいテーマを選んでくれたな・・。

じっくり読んでみて気づくのは。
ほかの登場人物には、ほとんどかならず質問ぜめにしてる“なぜなに坊や”の王子さまが、ヘビに対してだけは、みょうに無口なのね。
もちろん、地球にやってきて、まずさいしょに会った動物だから「ここはなんて星?」とか「人間はどこ?」とか、あたりまえの質問はしてるけど。見なれないすがたの動物っていう以外に、なにか本能的におびえてる気配がある。
そのくせヘビのほうでは、「むじゃきな人」「弱い人」「かわいそう」「星に帰りたくなったら助けてあげる」・・などなど。セリフだけ読むと、すごくやさしいのね。

王子さまは、自分の星を「二度と帰らない」かくごで、出てきた。
そして、いくつもの星をまわり、さいごに地球にやってきた。
ほかの星には長くいたようすもなく、そのせいか苦痛に耐えてその星をはなれた気配もなく、「おとなってヘンだなあ」ていどの感想しか持たなかった。
でも王子さまは、地球にだけは1年もいて、いろんなものを見、いろんな人や動物と知りあう。そしてとうとう、自分の星へ、残してきた愛する薔薇のもとへ、帰る決心をする。
地球に来て1年め、王子さまはさいしょに降りてきた場所、砂漠のとある地点へと、けんめいに歩き出す。星をたよりに。自分の星が頭上に来る、その場所めざして。・・そして、そこにはヘビが待ってる。到着したその日「帰りたくなったら助けてあげる」と言ってくれた、あのヘビが・・。
その、地球でのさいごの10日間に、王子さまは砂漠に不時着した飛行士と知りあう。この物語、じつはその、たった10日間のできごとなのね。
そしてその飛行士が、さいしょに見せた「ウワバミがゾウを生きたまま呑みこんでる絵」の、ウワバミ=もちろんヘビの一種であるのも、見のがせないポイント。ひとめ見て王子さまは「ウワバミってとっても剣呑(けんのん=危険)だろう」って断言してる。地球にやってきたその日には、ヘビを見て「へんな生き物だなあ」としか思わなかった王子さまは、1年間の旅のどこかで、そういう知識を得たんでしょうね。

・・で。「ヘビ」といえば、ふつう、まっさきに思い出すのは?
やはり、エデンの園でイヴを誘惑し、楽園追放のきっかけを作った、アレでしょう。
知恵のかわりに、性交をあたえ、労働と出産の苦痛をあたえ、そして不死だった人間に死をあたえた。
さらに「砂漠」「ヘビに噛まれての死」と並べてみると、いやでも思い出すのが、クレオパトラ。
じっさい、クレオパトラが自殺するとき使ったらしいアスプという毒蛇は、太陽神の象徴で(※日本でいう弁天様のお使いの白蛇みたいなもん?)、かまれてもあまり痛くないから使った、という説があるそうな。
そういえば王子さまも、ヘビに向かって「きみはいい毒持ってるから、ぼくはあまり苦しまなくてすむね」とか言ってたっけ・・。
ついでに、その黄色いヘビに追われて(※黄色はユダヤ人を象徴する色。ユダが着てた服の色だそうだ)王子さまがこわれた石垣によじのぼる(※破壊されたソロモン王の宮殿の跡だという、イスラエルの「嘆きの壁」を思い出す)・・なんて、深読みすればキリないけど。
さらに、世界じゅうの神話でヘビは「龍」といっしょにされてる気配があって、これについてツッコむと本当にキリないんで、やめとこ・・。強引に一言だけでいうなら「水の神。恐れられつつも、尊敬されてもいた」ってとこか。

キリないから、そろそろ結論を出そう。
『星の王子さま』の中で、「薔薇」は、「愛」の象徴。「キツネ」は、「友情」の象徴。
こう解釈して、まずまちがいなかろう。
「ヒツジ」は、もう少しフクザツ。王子さまは、自分の星をほろぼしかねない雑草(とくに巨木に育つバオバブ)の芽を喰わせるためヒツジを連れ帰るけど、そのヒツジは王子さまの愛する薔薇をも、うっかり喰ってしまうかもしれない。
ときには、個人の「愛」をギセイにしてでも、故郷を守ることをえらばなくちゃならなくさせるもの・・うーん・・「信念」とか「愛国心」かな。これは、ほかにもいろいろ見方はあると思うが。

そして・・「ヘビ」。
いちばんカンタンに言ってしまえば、たぶん「死」の象徴だろう。
でももうちょっと、深いふくみがあるように思える。本能的に不吉さにおびえ、苦痛があると知りながら、「いまはまだその時じゃないから」と壁によじのぼってヘビから逃げたりしながらも、さいごには王子さまは、まっすぐヘビのもとへ向かう。故郷の星に「帰る」のを、助けてもらうために。
ヘビは龍につうじる。「龍=水の神」「水=砂漠ではなにより貴重なもの。生命の糧」
王子さまは飛行士とともに、水をもとめ、砂漠で井戸を探した。
その翌日、「水神=龍=ヘビ」のもとへと行った。いつ、なにを求めればいいかを、王子さまは知ってた。そしてさいごには、恐れず、しずかに受け入れた。
「運命」・・かな。あるいは「宿命」「天命」とでも。

砂漠は、広い。逃げ場も、かくれ場もない。そして暑い。ようしゃない炎天の昼、ぐっと冷えこむ夜、過酷な気候。
地上には、目印になる山も、川もない。砂丘は刻々すがたを変える。旅をするには星をめあてにするしかなかった。
(反対に、日本みたいに地上に山あり川ありのうえ、雨や曇が多くて星が見えにくい国では、星より、月のほうが愛された。古い和歌で、月を詠んだものは山ほどあるが、星を詠んだものがほとんどないのは、そのせいだそうな・・)
だから砂漠の民は、星をながめて、つないで、星座を作った。そこから占星術、天文学が生まれた。
強烈な一神教である、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、みんな、砂漠で生まれた。
その強烈な一神教どうしがぶつかり合うと、信念があるだけに、なによりむごいことになる。サン・テグジュペリはそのこと知ってたんじゃないのかな。だから「ものにはいろんな見方がある」・・信仰心あついのはけっこうだが、自分たちだけが正しいと思いこむな、って、くりかえし訴えてるんじゃないだろうか。

もちろん、ナチスのユダヤ人虐殺もそうだし、例の9.11テロにはじまるアメリカとイラクの戦争も、まさにそれ。
イラク戦争のはじまるころ、あるアラブ人首脳がアメリカの首脳に向かって、
「われわれの共通点は、ユダヤ人がきらいだということだ。この憎しみでもって、手をむすぶことはできないか」
って言った、ってCNNニュースで聞いて、私はゾッとしたもんだが。
第二次大戦中に書かれたこの本をテーマに、イラク戦争がまだくすぶってるシーズン、S・ジャネットがこの演技したってのは、ぐうぜんとは思えない。
ねえ・・遠い、よその星から来た王子さまとさえ、それもたった10日間いっしょにいただけで、こんなに仲よくなれるのに。どうして? おなじ時代に、おなじ星の上に生まれてきたのに。おなじ「砂漠」で生まれた宗教じゃないか?
『星の王子さま』の、いちばん素朴なメッセージってのはたぶん、それだと思う。それこそ子どもにも判るよね、こんなシンプルな理屈なら。

こんなふうに考えながら、あの可愛くて、せつない王子さまと、ヘビのからみ合いの演技を、もういちど見なおしてみては、いかが? いや、なにも考えずに見ても、あれはじゅうぶん素敵なんだけどもね・・。

おまけ:
原作の「ヘビ」はLe Serpent。
サーペントといえば、フィギュアでS字をつなげたような形を氷上に描いてくステップ、あれが「サーペンタイン」、つまり「蛇行」のことなのね。ヘビの演技しつつ、これやってたら面白いと思ったんだけど、どうもサーキュラー・ステップだったようで・・。(ちがってたらご指摘ください。すいません未熟者で☆)
(了)
主な参考文献・・
サン・テグジュペリ/内藤濯・訳『星の王子さま』(岩波書店)
塚崎幹夫『星の王子さまの世界 〜読み方くらべへの招待〜』(中公新書)


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