キス−キスTOPへ英国に生まれながら、アラビアの“清潔な”砂漠にあこがれたロレンス。
ロシアに生まれながら、アメリカに渡ったヤグディンが、演じた。
それも、灼熱の砂漠を、氷の上で。
T・E・ロレンス(アラビアのロレンス)

《ヤグディンの演技》
98−99年、ヤグディンがアメリカにわたった最初のシーズンのFP。
SP『サーカス』もそうだが、まだぎこちないなりにけんめいの、思いのこもった演技。ことにスケート・アメリカと、世界選は名演技。世界選はとくにヤグディン自身、いちばん気に入ってるらしい。ノーミスの演技そのものも感動的だが、ヤグディンの頭をひしと胸にだきよせるタラソワさんとのキス&クライの表情がまた見もの。
その後、この演技は滑りこむたび、こなれて、のびのびした動きが表現できるようになり、このプログラムらしさをさらに加えてゆく。

というのも、テーマは“ロレンス”その人より、砂漠の広さと、そこに吹く熱い風の表現だと思われるから。
もっとも印象に残るのは、砂漠のつむじ風、またはシンキロウのような、ゆらゆらした手の演技である。
“人間”を感じさせるのはわずかに、両腕をあげたアラビア舞踊のような振り、手でノドをかっ斬るしぐさ、胸にどくどく脈うつ心臓をさし出すしぐさ、など。だから、のびのび演じればそれだけ、広さ、果てしなさを表現できることになる。
正解と思う。ロレンスその人は、とても4分半のFPで演じきれる題材ではないから。あの大作映画でさえ、ロレンスというふくざつな男の生涯の、ほんの一部を表現したにすぎないのだから。
ヤグディンの愛犬・ローリクが、ここから名前をもらってることは、かれのファンには説明無用ですね。

《映 画》
ぜひ、劇場の大スクリーンで観るべき映画。できれば……ではなく、絶対に!
2回め、3回めならまだいいが、初回をビデオやテレビで見るくらいなら、劇場で見るチャンスを待って、見ずにいたほうがマシだとさえ思う。

なぜって……なによりもまず、大きさのちがいがある。
砂漠の、圧倒的な広さ、大きさ。遠い地平にポツンと黒点のように見えた人影が、まっすぐこちらめがけて近づいてくると、さっそうたる黒衣の男だと判る、あの衝撃。ハリト族太守アリ・イブン・エル・カリッシュ、かの塩野七生が「黒鷹のような」とたたえた美丈夫、オマー・シャリフ登場シーンである。
CGなどまだない時代、地平まで埋めつくす、すべて生身の人間が演じるラクダや騎馬の軍団、砂を蹴たてて突撃するシーンの圧倒的迫力。もう、こんなゼイタクな撮影はたぶん、不可能だろう。

劇場で見る意味、もうひとつは、臨場感のちがい。
いつでも見る人のつごうで止められる、ビデオやDVDなどで見てはならぬ。いやおうなく、時間を共有してこその内容だから。広大な砂漠に1人ぼっち取り残され、あてもなくよろよろ歩く男。ただ1人、かれを救いに戻ってゆくロレンス。大砂漠に対しての、人間のアリンコみたいな小ささ、無力さを、ともに体験すべし。かくれ場も、逃げ場もない砂また砂、ようしゃない太陽の熱気。ノドをからからにしながら、ともに味わうべし。
(地元育ちのアリでさえ「神が創り,給うた最悪の地」とおそれる広大な砂漠だからこそ、アカバ港の大砲はすべて海のほうを向いてたわけで、背後の砂漠からの、ロレンスの奇襲攻撃が成り立つわけだ)
そんな砂漠を越えて、越えて、やっとたどりついた街の、店のカウンターの「冷えたレモネード、大きいグラスに2杯」……それを両手でささげ持ち、ごくごく飲みほすロレンスの従者の少年の、喉の動き。この映画は長いので、まんなかに“休憩”が入るが、じっさいこの休憩時間、売店では冷たい飲みものがよく売れるそうだ。

ようやく海までたどりつくシーンでは、心地よい湿気をふくんだ海風が香ってくる。ひたすら砂漠を見つづけたあとに見る波のゆらぎには、生理的快感をおぼえる。全身の毛穴が歓喜する感じ。
あれは映画鑑賞というより、登場人物と共有する、ひとつの“特殊な体験”なのである。

かつて、アメリカのとある街の映画館にも、この映画に魅せられた少年がいた。大人になったら外科医になりたかった14歳の彼は、この映画にほれこみ、30回もかよいつめ、あげく映画監督へと進路をかえた……それが、若き日のスピルバーグだったそうな。

《史 実》 ロレンス本人の画像
本名:トマス=エドワード=ロレンス
生れ:1888年、ウェールズ
血統:父は田舎貴族。この人、自分の娘の家庭教師とカケオチした。妻がどうしても離婚に応じなかったため、そののち生れた5人の息子は、すべて私生児となった。ロレンスはその2番めの息子。
学歴:オクスフォード大卒。専門は「十字軍」であった。
十字軍……かんたんにいうと、聖地エルサレム奪還のため、ヨーロッパのキリスト教徒が何度か、中東方面に遠征した。そのため、各地に城が残されている。

ロレンスは卒論のため、フランス各地と、中東を自転車旅行し、十字軍の建てた城を見てまわった。しぜんと地元の地理にくわしくなったため、大英博物館にまねかれ、中東の発掘調査団にくわわる。そして第一次大戦のはじまりと同時に、軍の現地測量部、そして情報部へ……。

つまり、ロレンスが中東方面の地理にくわしくなるのとほぼ同時に、世界中が戦争にまきこまれていったわけ。もしこんな時代に生れあわせなかったら、ロレンスは自分のなかにある軍人的才能には気づかぬまま、自転車でフィールドワークするのが好きな、行動的な考古学者で終ったかも……と思わずにいられない。

外見:背は166cmと、英国人としては小柄。これは、高校のころ事故で足首を骨折、なのに負けずぎらいで無理したため、いらい背が伸びなくなったためだといわれる。

特技:父ゆずりの趣味の、射撃、ボートこぎ、写真、自転車など。とくに銃は、両手撃ちができるほど得意だったとか。スピード狂でもあり、晩年は水上快速艇(ホバークラフトのようなもの)開発にかかわった。死因は、映画の冒頭にも出てたが、バイクでの事故死。

性格:服装にあまりこだわらず、シンプルなスタイルを好んだ。食事も英国人らしく粗食。つまり、こだわりのない性格で、だからこそ中東で地元民とおなじ衣装をまとい、おなじものを食べ、生活をともにすることができ、現地にとけこめたのだといわれる。
恥ずかしがり屋でひっこみじあん、かと思うとおちゃめ・ホラふき・目立ちたがりという、矛盾のかたまりのような人だったそうだ。

ロレンスが敵の司令官にとっつかまり、鞭打ちの拷問をうけるエピソードは映画にも出てくるが、これはじっさいあったことらしい。そのとき何かにめざめたらしく、帰国後ロレンスに命じられ、十年以上も夜ごと彼を鞭打っていた使用人がいた、というのは有名な話(だからふくざつな男だ、というのだ……☆)

映画では、ロレンスはわが身をなげうち、愛する砂漠と、そこに住むアラブの部族をひきいて戦い、トルコからの独立運動を助けた、ということになっていた。なのに、母国である英国は、彼の意向を無視して他国とのかけひきに熱中するし、アラブ人たちは、てんでに部族の利益ばかり追う。ロレンスは失意のなか「みどりの樹々が見たくなった」と母国へ帰った、と。……

でも資料で読むかぎり、ようするにロレンスは、アラブのためというより、祖国のためにもっぱら活動してた人らしい。英国はその功績に勲章と昇進で報い、その活躍を従軍記者が英国国内を講演しつつ面白おかしく語り、“アラビアのロレンス”の名をいちやく有名にした。
帰国後のロレンスは、偽名をつかって空軍に入ろうとし、じっさい“ロレンス”の戸籍を捨ててしまったりもする。ならばそんな「作られたアラブの英雄」のイメージをきらってたかというと、反面、その従軍記者の講演を何回か、おしのびで聞きに行ってたらしいし、たのまれれば喜んでアラビア服でカメラの前でポーズを作ったりもした。そういう写真が何枚も残ってるのである。

結論:とにかく、ロレンスはふくざつな人。理解しようとすればするほど、混乱するだけ。たぶん、この人を表現しようとするのは、氷上で灼熱の砂漠を表現するより、もっと困難だろう。

蛇足:
星野之宣『妖女伝説』シリーズの1本『歴史は夜つくられる』は、考古学者のタマゴである若きロレンスが、ある有名なドイツの女スパイや、ある有名なロシア人と、ある有名な豪華客船に乗り合わせる、という物語。これは歴史モノの傑作であるうえ、ロレンスがじつにロレンスらしいので、興味ある人にはぜひおすすめ!
(以上)

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