《ヤグディンの演技》
どう演じても“絵になる”演技である。いつもちがって、いつもいい。
さらりとノーミスで演じればもちろんいいし(例:02長野世界選予選)、見てるのもつらいほどヨレヨレ状態で演じられても、これはこれで闘技場で力つきるまで闘う剣闘士らしい、ひと味ちがう魅力が出る。
いっそ、どこか手負いで悲痛な時のほうが映えるくらいだ。
いちばんいい例が、現地入りしてからジョギングで脚をいため、痛みどめを打って出場した、バンクーバー世界選。
予選「グラ」のつらいことったら! 痛いほうの脚がほとんど曲がんなくて硬直してるの、見てて判るんだもの。ジャンプどころかスピンすら入れず転んでしまうヤグディンなんて、はじめて見た。なのに、その脚でなお踏みに行くストレートライン・ステップの悲惨さ・・(T_T) リンク降りたらはっきり脚ひきずってたから、そうとうしんどかったんだろう。例の、ジャンプ失敗でフェンスにモロ激突してしまうグッドウィルの「ウインター」より、見ててつらかったほど。
でもSP「革命」ではかなり復活。演技後に両こぶしをぐぐっと握りしめる o(^-^)o のが泣かせる。キス&クライでいっしょにガッツポーズしてるタラソワさんの愛しげなこと!
そしてFP「グラ」で滑りながら、かれらしさをめきめき取り戻してゆく。ジャンプが完璧でないぶん、ひとつひとつの振付、とくに腕の振りにありったけ力をこめ、そのたびに客席が歓呼にどよめき、さいごはスタンディング・オベーション。
なんだか本当に闘技場みたい・・! 背筋ゾクゾク。
そして“どうせ優勝できないなら”と、EXではなく本選で見せた、掟やぶりの“ニー・スライド”。「仮面」でのニー・スライドも見たことあるが、演技や衣装と、やや違和感あり。あれはやはり、地につっぷしては起き上がる、ほこりまみれ血まみれの剣闘士のイメージだからこそ、絵になる技なんじゃないかと。
※ニー・スライド・・おひろめのシーズン中、はやくも「危険だから」と禁じられてしまった技。ヤグディンは片ヒジ(=elbow)だけをついてるのに“knee(=ヒザ)sride”というわけは、どうも本来はインライン・スケートでの、とっさの場合、両ニー・パッドを地面に突いての、安全なころびかたの名称らしい。これに体勢が似てる、ってことなのかな?
バンクーバー世界選見てると、つくづく思う。
どんな状態であれ、ヤグディンは出てきて滑ってくれさえすれば、客席を感動させることができる人だと。刈屋アナのいう「衣装も、音楽もいらない、ただヤグディンがここにいさえすれば!」だね(笑)
でも、そうもいかないんだろうな。本人としては、出るからには表彰台のいちばん高いとこ狙いたいんだろうな。判るから、つらい。ファンとしては調子悪くても、出てほしいような、ほしくないような・・。
ついでといってはなんだが、このシーズンは、おなじサントラ使って、ストイコと、サーシャ=アブトもFPを滑ってた。
ストイコは、見ための剣闘士らしさからいえば、この人がいちばんそれらしい(プログラムの内容や好き嫌いはべつ)。
サーシャのは・・「もうちょっと体力つけないと闘技場では生き残れない」とか某フィギュアスケート専門誌で皮肉られてたが、たしかに・・私はむしろ“故郷の麦畑でマキシマスを待つ妻子”のほうを連想してしまった(笑)。ごめん、サーシャ。きゃしゃなあなたに、よりによって剣闘士を演じさせたほうが、あなたらしい良さを判ってないと思うのよ。
《映 画》
開巻すぐ、ヤグディンの演技で聞きなれた女声のヴォカリーズ(※歌詞のない楽曲。英語でいうスキャット?)に合わせて、麦の穂を撫でて過ぎる手が、アップで映る。麦の穂の手ざわりや風のそよぎまで感じられそうな、まったり気分になってると、一転してゲルマニア戦役の戦場シーンへ突入。音楽もあの迫力ある、闘いを表現する速いテンポへと変わる。冒頭からヤグディンの演技の余韻にひたれること、うけあい。
つまり、故郷の回想:麦畑〜現実:戦場、という流れ。「グラディエイター」演技の冒頭でヤグディンが眼を閉じ(上体も閉じたイメージの姿勢)、やがて眼を開き腕を上げ、上体ごとあお向いてゆく“めざめ”のしぐさから入るのは、これを表現してたのかな。
粉雪まいちる酷寒の戦場と、紅薔薇の花まいちる闘技場との対比がすばらしい。ほこりっぽい闘技場、花びらの雨のなか、血刀下げて白馬にまたがる剣闘士に、ヤグディンのイメージを重ねて見ると・・たまりませんぜ〜^.^*)
物語としては、主人公が皇帝に後継者として指名されたばかりに、知らぬ間に皇帝の息子コモドゥスのうらみを買い、妻子を惨殺され、奴隷である剣闘士にまで身をおとす・・あたりまでの前半の展開は、文句なく面白い。
でも終盤、剣闘士に扮したコモドゥス帝と、主人公の因縁の対決〜結末あたりは展開に意外性なく、ややダレる。前半、魅力的だったヒロイン(カタキである皇帝の姉)は、幼い息子を人質にとられて裏切るあたりから、ありふれた女になっちゃうし。
上空から見下ろした闘技場の絵なんかはみごとだが、『アラロレ』見てしまうと、闘技場をうめつくす大群衆がいかにもCGっぽい。これはまだいいが、主人公が素手で格闘する野獣をCGにしたのは、よくなかった。どんなによく出来てても(いや、出来てればこそ)、CGはCGでしかなく、ケモノらしい体臭や汚れが感じられない。とくに、主役のラッセル・クロウが、ぬいぐるみ(?)相手に格闘してるアップのワンショットには笑ってしまった。このていどで観客を納得させられると思いなさんな。
リドリー・スコットは“闘い”にスピード感と独特の美学をもった人で、『エイリアン』『ブレード・ランナー』『ハンニバル』、優作の遺作『ブラック・レイン』が有名。個人的には、ナポレオン全盛期前後のフランスの軍服が出まくる、西洋版時代劇『デュエリスト』がおすすめ。
しかし、この監督の戦場の描写というのはあまり記憶になく、そういう意味で『グラディエイター』は一飛躍かも。そのせいで終盤、息切れしちゃったのかな?
《史 実》
主人公マキシマスのモデルは、ヴァレリウス・マクシミリアヌスって実在の将軍らしい。でも、この人はただの軍人で、皇帝後継者に指名されたなんてのは完全に映画の創作らしいので、ここでは“暴虐帝”コモドゥスについて書く。
わたしの手持ちの世界史年表には「コモドゥス帝、一闘技士に殺さる」って書いてある。
コモドゥスは皇帝のくせに、剣闘士に扮してじっさい闘ってたそうなんで、ひょっとして映画のとおり闘技場で闘ってて、亡くなったのか?
(彫像ではライオンの毛皮をかぶり、右手に棍棒を持っております)
しかし人名辞典では「メカケらにより絞殺された」となってるぞ?
どっちが正しいのか、ちょっとしらべてみた。
コモドゥスの父親、マルクス=アウレリウスは賢帝だった。
息子コモドゥスは、15歳から約4年、父親のもとで、コ・インペラトール(共同皇帝)をつとめた。
父がペストに倒れて亡くなったとき、息子コモドゥスはまだ18歳だった。
べつの男(マキシマス)を後継者に指名したため、息子が父を殺したなんてのは、まえにも書いたが映画のフィクションで、コモドゥスを跡継ぎに指名したのは、まぎれもなく父本人である。
問題なく共同皇帝をつとめてたそうだし、実の息子なんだから当然だろう。
じじつ、これから3年ほどは、コモドゥスはまともな政治をする。なんど戦っても、父がどうしても終らせられなかったゲルマニア(現・チェコ)戦役を、講和でさっさと終らす。
この時期、キリスト教迫害もまったくなかったそうだ。有名な、闘技場でキリスト教徒に飢えた野獣をけしかけて公開処刑したのが、“賢帝”とよばれた父の統治時代だったってのは意外。まあ、いろいろ事情はあるらしいが。
ついでに書いとくと、コモドゥスという名は“安楽”の意味だそうだ。
そんなこんなで、そこそこ平和にローマ帝国をおさめてたコモドゥスを“暴虐帝”に変える事件は、21歳のときに起きる。コモドゥスの実の姉・ルチッラ(映画では主人公マキシマスを慕うヒロイン)が、弟の暗殺をくわだてたのである。
原因は、ありふれたお家騒動だった。
「コモドゥスの妻がみごもった」とウワサに聞いた姉が、自分にだけ許された“アウグスタ(皇后)”の名称をコモドゥスの妻にとられるのをくやしがったとか。
有力な次期皇帝候補だった前夫は早死に、2番めの夫は身分の低い武将で気に入らず、自分の子で育ったのは娘だけ、つまり自分には後継者がないのに・・まあ、そんなとこらしい。
実行犯はルチッラ&コモドゥス姉弟の甥っ子にあたる男で、暗殺前に大声で「元老院の名において、覚悟ー!」とか叫んだため、すぐ警備の者にとりおさえられるというオソマツさだった。もちろん、未遂。
それでも、この11歳上の姉を母のように慕ってたというコモドゥスには大ショックだったようで、実行犯はもちろん、元老院議員4人、近衛軍団長官の1人(※必ず2人いるのが決まりだった)、イトコにあたる男、などをつぎつぎ処刑。
姉ルチッラは島流しのあとすぐ死んだというから、これも暗殺だろう、たぶん。
その後、コモドゥスの“寝室付き召使”(※ひょっとすると、あやしい意味ありかも・・確証はないけど、なにしろローマだからね〜^^;)だった解放奴隷があれこれ密告したため、それまでは信頼してた、もう1人の近衛軍団長官も処刑。
ちなみにこの解放奴隷は、成り上がって貧しい人に支給するべき小麦を使いこんだため、怒った群集が城におしよせてきたとき、コモドゥスに城外にほうり出され、群集にリンチで殺されたそうな。
2度めの暗殺未遂事件が起きたため、義理の兄を処刑。メカケができたので、じゃまになった妻を殺害・・とまあ、コモドゥスはしだいに“暴虐帝”の名をほしいままにしてゆく。
やがて、コモドゥスは“ローマのヘラクレス”を自称、「自分は前皇帝マルクス・アウレリウスから生まれたのではなく、ユピテル神(ジュピター=ギリシャ神話のゼウス。最高神)の子だ」と名乗り、剣闘士に扮して闘技場へ出て闘うのを好むようになる。どんな武器をとっても、かなり強かったそうだ。人々はひそかに「たしかにあれは“賢帝”だった前皇帝の子ではない・・母親が剣闘士と浮気して出来た子だそうだ」とウワサするようになる・・。
そして、コモドゥス31歳の年。
かれのメカケである女と、その夫であるコモドゥスの“寝室付き召使”(またかい☆ やっぱ、あやしい・・笑)とが、コモドゥス暗殺をくわだてる。なにしろコモドゥスは腕っぷしが強くて、スキがないので、実行犯はかれの(現在でいう)レスリングのコーチが、浴室でゆだんしてるところを襲って絞め殺した、という。
つまり、これで「コモドゥス帝、一闘技士に殺さる」「メカケらにより絞殺された」の両方とも正解、ってことになるわけ・・なるほど! 事件直後、犯人たちは姿をくらます。その後のゆくえは、だれも知らない。
ついでに・・ユリウス・カエサルが制定したというローマ地方自治会法で「投票権だけはあるが、立候補して議員になることはゆるされない(=つまり身分の低い)人」として、前科者(殺人犯・偽証犯)、脱走兵と追放兵、俳優、売春業者とならんで“剣闘士”とあるそうな・・。
(以上)
主な参考文献/
塩野七生『ローマ人の物語XI 終りの始まり』(新潮社)